大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)110号 判決 1997年9月09日

東京都千代田区神田司町二丁目九番地

上告人

アース製薬株式会社

右代表者代表取締役

大塚正富

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

松本司

同弁理士

亀井弘勝

稲岡耕作

深井敏和

大阪市西区土佐堀一丁目四番一一号

被上告人

大日本除蟲菊株式会社

右代表者代表取締役

上山英介

右訴訟代理人弁護士

赤尾直人

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第二三一号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年二月四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人村林隆一、同松本司、同亀井弘勝、同稲岡耕作、同深井敏和の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 山口繁)

(平成九年(行ツ)第一一〇号 上告人 アース製薬株式会社)

上告代理人村林隆一、同松本司、同亀井弘勝、同稲岡耕作、同深井敏和の上告理由

一 原判決は民事訴訟法第三九四条後段の法令違背(経験則違背及び証拠に基づかない認定)がある。

二 すなわち、一般通常人が常識として知り又は知り得るような経験則(本件では自然法則)の採否についてはともかく、一般通常人が知り得ないような経験則の場合は、裁判所は証拠に基づいて採用しなければならない。

しかるに原判決は一般通常人が常識として知らない経験則に対して、これを基礎づける何等の証拠もないどころか、逆にこれを否定する明確な証拠があるにもかかわらず、これを無視し、裁判所の独断により事実(引用例2の技術)を認定した違法があり、その結果、判決に影響を及ぼしたのである。

三 以下の主張に関係する範囲で、本件発明(特許公報第1図、第4図=本書別図1-1、2)の技術内容を説明する。

1 本件発明の特許請求の範囲は次の構成要件に分説される。

A 以下を有する加熱蒸散装置において

(1) 吸液芯を具備する薬液容器

(2) 該薬液容器を収納するための器体

(3) 器体に収納された薬液容器の吸液芯の上部の周囲を周隙を存して取り囲むように、器体に備えられた電気加熱式の筒状ヒーター

(4) 該ヒーターの上方を覆うように器体の上部に備えられた天面

(5) 上記周隙の上方で開口するように上記天面に設けられた蒸散口

Bイ 器体に器体内空間から上記周隙を経て蒸散口に通ずる上昇気流を発生させる為の外気取り入れ口が設けられ、

ロ 蒸散口と上記ヒーターとの間に0.5~2.5cmの距離が設けられ、

ハ 蒸散口は、周隙と略々等しいかこれより大きい口径で開口している

C 加熱蒸散装置

2 本件で問題となる点は、構成要件A(5)の「蒸散口」(別図1-2番号12)と、それとは別に独立して器体に設けられた構成要件Bイの「外気取り入れ口」(別図1-1番号14)である。

右の「外気取り入れ口」が器体に設けられることで「器体内空間から上記周隙(別図1-2番号4)を経で蒸散口に通ずる上昇気流を発生させる」ことになる。

別図1-2に青線で示したのが本件発明の「上昇気流」であり、この「上昇気流」に伴って薬剤が「蒸散口」より外部に蒸散される。

3 以上の点について、当事者間で争いはなかった。

四1 原判決は被上告人の主張する特許無効理由1を否定したが、特許無効理由2の主張を採用して結論を導いた。

2 すなわち、原判決は、甲第三号証の1の引用例2の殺虫器の構成(技術内容)を「電気発熱体との間に周隙をおいて配設した蒸発芯を加熱することによって蒸発芯に含浸されている薬剤を蒸発させ殺虫を行うものであるが、電気発熱体と蒸発芯との間の周隙はその下端が開放されているので、電気発熱体の加熱によって、周隙の下端から上端へと向かう上昇気流が発生しているものと理解することができる。そして、前掲甲第三号証の1によれば、引用例2にはその外筺1に外気取り入れ口を設けることに関する記載は全く存在しないことが認められるが、上記のとおり電気発熱体の加熱によって容器の内部(具体的には、周隙)に上昇気流が発生する以上、その容器は完全密閉状態ではなく、電気発熱体による加熱時には、外気と容器内部との圧力差により、外気が何らかの形で容器の内部に流入する構成のものであることは疑いの余地がないところである。」と認定した(原判決45頁3~17行目)。

3 つまり、原判決の論理の展開は次のようになる。

引用例2(原判決別紙図面C=本書別図2)は、

a 電気発熱体と蒸発芯との間の周隙の下端が開放されている

b 電気発熱体の加熱で周隙の下端から上端に向かう上昇気流発生

c 容器は完全密閉状態でないから外気と容器内部との圧力差発生

d 外気が何らかの形で容器の内部に流入する

五1<1> もともと、本書別図2から引用例2の周隙の下端が開口されているとの認定自体問題なのであるが、それを肯定したとしても右aからbの事実は導けない。

<2> すなわち、aの「周隙の下端」が開放(別図2の番号5と7の間の隙間)されていても「周隙の下端から上端に向かう上昇気流」が発生するとは限らない。

本件発明の「外気取り入れ口」に相当する開口が器体に設けられていなければ、仮に「周隙の下端」が開放されていても、右のような「上昇気流」は発生しないのである。

<3> その結果、続いてのc及びdの論理展開もない。

<4> 結論からいうと、引用例2の「周隙」内で発生する空気は「対流」し周隙内に滞留するのであって、「上昇気流」は発生しない。

2<1> このことは、甲第三号証の1に「この先願の実用新案は芯に接する片の一端を蒸発芯に接しさせて薬剤蒸気の凝固落下するものを薬剤容器内に戻さんするものであり、該考案に於いては概ねその機能は満足する結果を得ている。本考案に於いては上記考案とは異なり発熱体を支持する電気接触片とは別個に、前記凝固薬剤を薬剤の容器に戻すべき戻液片7を殻けることとした。」[第1欄26~32行]と記載されていることより裏付けられる。

<2> すなわち、加熱により蒸発した薬剤の多くは器体の外部に蒸散せず、内部に残り再び凝固する。この凝固した薬剤を受け取り、薬剤容器に戻すために設けられたのが右の戻液片7である。

このような戻液片7が必要となるのは、加熱で蒸発した薬剤が器体内部に多量に残るからである。

<3> つまり、引用例2の周隙では下端から上端に向かう気流と、逆に上端から下端に向かう気流が発生する、即ち、対流現象が生じるためである。

3<1> また、このことは、上告人が公証人立会いの元になした実験結果(平成8年第307号事実実験公正証書 乙第四号証)でも裏付けられている。

<2> 右乙号証には、被上告人製造の市販殺虫器(金鳥蚊取器 別図3-1-1・2)を使用した蒸散実験結果が記戦されている。

なお、引用例2は実際には実用化されていない。

すなわち、器体番号1-1~3は、右市販品のスリット(別図3-2-1・2の番号14 赤色部分)を閉塞し、周隙下端(別図3-2-2のA)及び蒸散口(別図3-2-1の番号12-1)は開口したままとした装置では、「いずれも器体内部及び下部全面に液体の付着が認められ、殊に天面口の保護片内側には、しずくとなった褐色の液体が付着していた。」[右乙号証5.<2>(a)]

これに対して、市販品のままで何等の処理も施さなかった器体番号4-1~3(別図3-1-1・2)の装置では、「内側にも格別の変化は認められなかった」[乙第四号証5.<2>柱書]との結果となった。

<3> 右のスリット14を閉塞した装置は、引用例2と同じ構造であるが、これと、市販品の状態のものとの結果を比較すれば、原判決の採用した論理展開が誤りであることは明白である。

すなわち、本件発明の「外気取り入れ口」に対応するスリットを閉塞すると、たとえ周隙の下端が開口されていでも、凝固薬剤が器体内部に付着するので、引用例2のように戻液片が必要となるのである。

換言すれば、周隙の下端が開放されていても、「外気取り入れ口」がないと「周隙の下端から上端に向かう上昇気流」が発生しないため、多くの薬剤が外部に蒸散しなかったのである。

六1<1> 原判決は「加熱された空気は上昇する」との一般的な法則を安易に採用したため前記の論理を展開したものと推定される。

<2> しかるに、原判決が予測したようなbの現象は発生しない。

発生しないどころか、逆の現象が発生することは、甲第三号証の一の前記の記載、更には、信用性が極めて高い乙第四号証の実験結果が物語っているところである。

2 原判決は、提出されている証拠に基づいた経験則を採用したのではなく、自己の独断の経験則に基づき、引用例2の構成を誤認したものである。

七1 その結果、原判決は、引用例2は「外気が何らかの形で容器の内部に流入する」構成であることを前提とし、「器体胴部の底側あるいは底側近辺に外気取り入れ口を設ける構成は、審決が特許無効理由1の(C)の判断において説示しているとおり、本件発明の特許出願前に周知の技術的事項にほかならない(この点は被告も争っていない。)から、引用例2記載の殺虫器についても、加熱時における外気の流入をさらに効率のよいものにするために、その外筐1の適所に外気取り入れ口を設けることは、当業者ならば容易に想到しえた事項にすぎないというべきである。」とか、「薬剤の加熱蒸散装置である以上、それが周隙の下端が閉鎖されている間接加熱方式であっても、直接加熱方式(例えば、甲第8号証刊行物記載の燻蒸マット、甲第9号証刊行物記載の電熱式殺虫器具)であっても、加熱時には装置内部に薬剤を含浸した上昇気流が発生する結果、外気と装置内部との圧力差によって、外気が何らかの形で装置内部に流入すると解すべきであるから、審決の上記説示は、引用例2記載の殺虫器に周知の外気取り入れ口の構成を適用することの容易性を否定する論拠とはなりえない。」と判断した。

2 すなわち、原判決は誤った経験則(自然法則)の採用により、誤った判断をしたものである。

右は判決の結果に影響を及ぼす法令違背に相当する。

八 なお、蛇足ながら前項で指摘した原判決の引用する従来例と本件発明の構成の相違、特に、公知刊行物に記載された装置の外気取り入れ口と、本件発明の外気取り入れ口が異なることの説明とともに、本件発明の出願当時の技術常識を、本件発明の公報の記載より説明する。

1 従来技術について

殺蚊用薬液その他各種薬液の加熱蒸散を目的とした加熱蒸散装置は、

<1> 含浸材方式(いわゆる電気蚊取マット方式で甲第8号証刊行物の方式)

初期のもので、殺虫剤を含ませた含浸材をヒーターで直接加熱して蒸散させる方式であったが、一晩程度で含浸材に含まれた薬剤が蒸散し切ってしまい、頻繁に含浸材を取り替えねばならず不便であった。

<2> 吸液芯利用の方式

含浸材の取換えを不要とすべく、殺虫液を収容し九溶液に吸液芯の一部を浸漬し毛管作用を利用して先端から薬剤を蒸散させる、いわゆる液状タイプの加熱蒸散装置

(1) 直接加熱方式

当籾のものは、吸液芯にヒーターを接触させて加熱する直接加熱方式を採用していた。

しかし、この方式は、ヒーターとの接触箇所で吸液芯が局部的に高温になり、薬液中の溶剤が多量に蒸発し、残留した薬効成分等の高沸点物質や薬剤の熱分解で生成される高沸点物質等の蓄積によって、吸液芯に目詰まりやこれに起因する焦げが生じた。その結果、長期に亘って高い殺虫効果を持続させることが困難であった。

(2) 間接加熱方式(引用例2の方式)

右の直接加熱方式の問題点に対処すべく、ヒーターを筒状とし離反した状態で吸液芯を囲んだ間接加熱方式の加熱蒸散装置が提案された。

しかし、この間接加熱方式は、ヒーターから離反させた状態の吸液芯に対し直接加熱方式に見合う熱量を供給する必要があるとの観点から、吸液芯とヒーターとの間隙に容器内の空気流が及んで熱の散逸を生じることがないようにし、その間隙を保温域としていた。

そのような保温域では空気が滞留する結果、揮発成分の分圧上昇等により蒸散が抑制された。そして、これを克服するため、より高温で多量の加熱を行うこととなった。これにより薬液の蒸散量は確保できたが、高温での加熱により、薬液中の溶剤が多量に蒸発し、薬効成分等の高沸点物質や薬剤の熱分解で生成される高沸点物質等が残留し蓄積して、目詰まりが生じたのである。

これへの対処として、薬液に沸点の高い溶剤を使用することや、吸上げ速度を遅くする吸液芯が提案されたが、依然として吸液芯とヒーターとの間隙に保温域を形成することを前提としており、十分な効果が得られなかった。

2 本件発明の新規性、進歩性について。

<1> 本件発明は、引用例2の従来技術である吸液芯と筒状ヒーターとの間に「保温域」を設けるのではなく、逆に「上昇気流」を発生させる構成である。

即ち、この構成により吸液芯から蒸散する薬効成分を含む気体をヒーターとの間で次々と上昇させて、薬効成分の蒸散を促進させることができたのである。

<2> 即ち、本件発明の構成要件Bイ「器体に器体内空間から上記周隙を経て蒸散口に通ずる上昇気流を発生させる為の外気取り入れ口が設けられ、」の「上昇気流」とは、吸液芯と筒状ヒーターとの間(「周隙」)に発生させるものであり、これがそのまま蒸散口まで通じるという意味である。

3 したがって、右の技術開発の経緯からすると、含浸材方式(いわゆる電気蚊取マット方式)の殺虫器の器体底面、底面付近に外気取り入れ口があったとしても、吸液芯とは無縁のものであり本件発明を示唆するものでもなんでもない。

更に、「保温域」を前提とした間接加熱方式の器体に外気取り入れ口があったとしても、ここからの外気は周隙を通過することはないので、その内容は示唆どころか、逆に本件発明の着想を否定するものである。

九 よって、原判決は速やかに破棄されるべきものである。

以上

別図1-1

<省略>

別図1-2

<省略>

別図2

<省略>

別図3-1-1

<省略>

別図3-1-2

<省略>

別図3-2-1

<省略>

別図3-2-2

<省略>

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